入試の出題であってはいけないこと

今回は分野外のトピックです。近頃は外出しないお陰で普段目を向かない事を省みる機会に恵まれています。普段データサイエンス教育に携わっている立場から「教育や学習とは何か」について改めて考える一貫として、(一番勉強したのは15-25歳でしたし)母校の入試問題を2020年から遡って解くことに充実しています。同時に出題担当の教授の意図を推測します。例えば2020年の国語第一問は「身の丈問題」の現れでしょうか …

 

さて、その中で今回取り上げるのは如何にも controversy に溢れそうけど、不思議に炎上の様子がまだ見つからない2020年の英語の第一問B のうちの1箇所です。下の図は関与部分です。

(出典)Darwin Come to Town  (人工世界で進化する生態系)
https://www.kirkusreviews.com/book-reviews/menno-schilthuizen/darwin-comes-to-town/
問題文全体:
https://www.yomiuri.co.jp/nyushi/sokuho/k_mondaitokaitou/tokyo/mondai/mondai/1317194_5409.html

f:id:gri-blog:20200405162457p:plain

図1a

f:id:gri-blog:20200405162517p:plain

図1b

図1(a) の (  ア ) に入るように 図1(b) の言葉を並べ替える、という至って普通の文法かつ解釈を問う問題です。あなたは何と答えますか?

 

私の回答は直感的に

Thanks to that mosquitoes get trapped in cars   ….(A)

 

一方で元出典、つまり必然的に各予備校がやむを得なく公開する回答は以下です。

Thanks to mosquitoes that get trapped in cars ……(B) 

 

少ないサンプル3名を相手にした調査では、

  • 日本人・母校OB(理系):B   ➡︎ 後ほど私に説得されてAが良いと納得
  • 日本人・母校OG(文系、現在米国にて留学中):A ➡︎強くAを支持
  • 日本在住の中華系アメリカ人:B ➡︎ A,B両方とも可 との意見

そのうち私も答えはA, Bともに許されるではないかと飲み込めるようになったが、断然A(出典の文章とは違う方)が良いと思い、理由は以下です。

穴埋めの後の部分に来る  “…. its genes spread from city to city, but at the same time it also cross-breeds with ….” では、 "its "や "it "は段落前方にある "the Underground mosquito" という「種」を指しています。それなのに B のように mosquitoes を主人公としている文節を持ってくると "Thanks to mosquitoes that get trapped in cars and planes, its genes spread from city to city, but at the same time it also cross-breeds with ….”  となり、 its → their, it →they にしない限り非常に違和感がありませんか。

文法や綺麗さの問題だけではないです。Bだと「トラップされた数匹の蚊ゆえに」になり、話が小さすぎると思います。それに対してAは「一般的に蚊が乗り物に閉じ込められる」という現象全体を語っているのもAを強く支持する理由です。

とはいえ、やはりBの文章は(itが種を指しているだけあって)完全にNGにするわけにはいきません。

 

私が本質的に不可解なのは、答えがはっきり決まらない文法問題を何故東大入試に出すのか、です。 数分でも考えれば英語の専門家が誰でも答えが2つあると気づくし、入試英語の問題の作成・採点にはネーティブスピーカーも関わっているはずです。

 この事態になった理由も考えてみました。

  • (可能性1)Thanks  to というよくある文法問題を出したいだけで、実は深く考えなかったゆえに答えが2つある問題になってしまった
  • (可能性2)実は…. 実は….. Aは元出典のBよりも英語のセンスが良く、かつ表現を使いこなすために高い英語力を要するため、元出典とは違うAを書いた学生にはプラス1点を付けて差別化している(Bを書いた学生は減点せず)

(可能性2)は、意地悪ではなく、試験問題の作成を外部に委託する体制(英語をTOEFLにするなど)を間接的に批判したい心があるかもしれません。というのも、問題1Bで並べ替え問題が出題されるのは東大入試の歴史の中で今年が初めてです。

 

私はどうか(可能性2)であることを祈っています。全く点数の差をつけるつもりなく「どちらも回答でもいい」問題は母校の入試では許されません(笑)。まあ、笑える話ではなく、出題ミスとして事後にトラブルになったり、コンプライアンス問題になる可能性だってあります。受験生が答えを2つ書けない上、「1つしか選べないと指示しているのに正しい回答が2つある」というのは矛盾です。今回Aを答えた受験生が一人もいないことはあり得ないと思います。

 

最後に、調査の国際色を増やすために、日本在住の元同僚イギリス人物理学研究者(英語に相当こだわりを持つ人)にも「この文章どう思いますか」を聞こうと思ったが、とwittyな彼の場合、おそらく「ummmm...  I agree that subway mosquitoes are scary」しか帰ってこないでしょう。

 

ヤン ジャクリン