連合学習によるプライバシー保護と利便性を両立した新しい機械学習システムのカタチ

深層学習が表舞台に登場してから、今年(2021年)で 9年 になるでしょうか。2012年のILSVRCという画像認識のコンペティションで、深層学習は2位以下に圧倒的な大差をつけて優勝しました。冬の時代を乗り越え、ニューラルネットワーク機械学習の中心に返り咲いた瞬間でした。

ILSVRCとは?
Stanford大学のLi Fei-Feiさんが中心となって管理する画像データベース ImageNet を利用して行われる画像認識タスクのコンペティションです。
www.image-net.org



深層学習システムはすでに至るところに社会実装されていて、例えば顔認識や音声認識、自動運転、画像・動画・文章などのクリエイティブの自動生成などはすぐに思いつきます。深層学習を始めとしたAIシステムはこれまでのヒトの仕事の一部を自動化することに成功していますが、まだまだ課題はあります。その中の一つにプライバシーの問題があります。

「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰?」

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https://disney.tumblr.com/post/74504622151/mirror-mirror-on-the-wall-whos-the-fairest-of


一昔前であれば、ヒトの問いかけに的確に答えを返してくれる鏡なんておとぎ話でしたが、深層学習と安価で高性能なハードウェアが充実している2021年現在では、もはや1万円以下のリーズナブルなお値段で実現可能です。ただし、プライバシーの問題を解決しない限りはDIYの世界でとどまってしまいそうです。

DIYスマートミラー
例えば、Raspberry Piという小型PCで開発する場合は以下の記事が参考になります。
raspida.com


従来の鏡は今そこにいるありのままの自分を映すだけでしたが、各種センサーや深層学習を応用することで、鏡は将来を教えてくれたり、なりたい自分を指し示してくれる装置になります。

  • 「鏡よ鏡、今日の天気は?」という問いかけで、気象情報やその日のおすすめの服装などをレコメンド
  • 美容室に設置し、自分に似合う髪型をレコメンド
  • ダンスの先生の動きをトレースし、自分との違いを教えてくれる
  • 赤外線センサーを搭載することで、熱がないかどうかや、体調に異変がなさそうかを日々簡易チェック

スマートミラーは他にも色々応用はできそうですし、鏡だけではなくほかの身近な道具をスマートIoT化することでイノベーションが生まれそうな予感もあります。身近であるほどインパクトは大きいですが、その分、プライベートなデータを扱う必要がでてきます。

深層学習を始めとした機械学習システムが行っていることは、結局の所、過去の訓練データから入出力のパターンを抽出するということにつきます。特に深層学習のアーキテクチャは複雑で、何千ものパラメータをもっともらしく最適化するためには大量のデータが必要になります。そこで、ユーザーの行動履歴や画像ファイルなどを日々収集する仕組みが重要になるわけですが、現在のシステムの多くは、データは中央集権サーバーに集約して管理されています。機械学習モデルが直接参照するのは特徴量と呼ばれる生データとは異なる構造のデータで、ある程度プライバシーに配慮されたデータですが、特徴量の作成は何度も試行錯誤する必要があるタスクなので、異なるレイヤーで生データも保持されることが多いです。(もちろん、直接個人と紐づく可能性があるデータは非常に厳重に管理されていることは言うまでもないですが、一応付け加えておきます。)

自動車の運転データなどは企業に保持されてもそこまで拒絶反応はないかもしれませんが、例えば鏡に映った自分の姿を日々収集された場合はどうでしょうか?アパレルショップや美容室、ダンス教室などのパブリックな鏡であればギリギリ許容範囲の人もいるかもしれませんが、多くの人は自宅には設置したくないのではないかと思います。つまり、AIを生活のすみずみまで浸透させてスマートな社会を実現するには、プライバシーに配慮することが必要不可欠となります。

このような課題を解決するために、2017年にGoogleから連合学習(Federated Learning)という手法が提案されました。これは、従来のデータを中央集権的に集約・学習する機械学習システムとは異なり、システムの末端の端末(エッジ)で完結するアーキテクチャになるのがポイントで、ユーザーはプライベートなデータを企業のサーバーに送信しなくとも、機械学習システムの恩恵を得られるようになります。

連合学習(Federated Learning)
連合学習のスキームでは、中央サーバに親モデルを保有し、各エッジ端末に配布するところから始まります。配布されたモデルは各エッジのデータを利用して訓練・推論を行います。これだけでは親モデルは一向に改善されないので、訓練フェーズにて更新されたパラメータのみが各エッジから中央サーバに戻してもらいます。パラメータの差分のみから親モデルを改善する手法がいかに賢いかがパフォーマンスを左右します。
ai.googleblog.com


連合学習は、2022年に到来するクッキーレス時代とも深い関わりがあります。クッキーはWeb上でユーザを識別するデータとして広く利用されてきましたが、EUでは2018年にEU一般データ保護規則GDPR)でクッキーは個人情報であると明確化され、EU域内の個人からクッキーを取得する際にはユーザに明示的に同意を得ることが義務付けられました。このような背景から、Googleは2022年にChromeサードパーティークッキーのサポートを終了すると宣言し、広告業界には非常に大きなインパクトを与えました。Webの収益モデルとして広告は非常に大きな割合を占めるわけですが、これまでクッキーを利用してユーザを識別してターゲティングを行う手法も多く、代替案なしにクッキーを廃止することで広告事業主の広告収益が平均52%減少が予想されるとGoogleは報告しています。そのため、各社ファーストパーティクッキーの見直しやID統合などの取り組みも活発になっています。一方でGoogleは、ユーザのプライバシーを保護を前提としたWebエコシステムの構築を目指すプロジェクトPrivacy Sandboxを発表しており、その目玉のひとつにFLoC(Federated Learning of Cohorts)というAPIがあります。これは連合学習により行動履歴からユーザをコホート(群れ)に分類し、ターゲティングはそのコホートをベースに達成するスキームになっており、Googleの調査では既存の広告ターゲティングとほぼ同等のパフォーマンスを達成できるとしています。

プライバシーの問題とAIがもたらす利便性のバランスをとる動きは今後より活発になりそうです。現時点では連合学習の仕組みは世の中に浸透していませんが、5年後には「セキュアAI」などのサービス名で連合学習モデルを構築するためのプラットフォームが続々と出現しているのではないかと個人的には思っています。

Privacy Sandbox
www.chromium.org

大友